フラワーエッセンスの花達(ブログ記事より)…あくまでも個人的感想ですが


天井の青 チコリの花


フラワーエッセンスのFESの本拠地、テラ・フローラ(カリフォルニア)で、チコリの花を見ました。
天上の青、ともいうようなその花と対面し、うっとりしました。
まさに、「無私の愛を自由に与えられる」という、チコリのフラワーエッセンスの調和時の性質の定義にふさわしいものでした。
以前、貸し農園で私が育てたチコリとはなんて違うんだろう、と思いました。
もっと、薄紫がかった色で、ぼってりとした感じだったのです。
色は土の成分の違いから、ぼってりとした感じは、日本の湿度・空気から来る違いなのかな?と思いました

怒りの効用 インパチェンス(インペイシェンス)


漫画の神様、手塚治虫氏を回顧した、ここ何日間かのNHKの番組に、はまってます。(2009年2月)

手塚氏が、小学生向けの講演で、平和への希求のため、熱弁をふるい、およそ子供向けになっていない(はじめは子供向けの優しい口調だったのですが・・・)のを見て感動してしまいました。
戦争を憎み平和を愛すことから来る「熱さ」は、子供たちにもきっと伝わったことでしょう。

手塚氏の戦争や悪を憎む「怒り」がペンを通して「愛や平和」を訴えるもととなったのが実感できました。

そして、バッチ(英語ではバック)フラワーエッセンスの「インペイシェンス」のタイプの怒りっぽさが、肯定的な状態としては「寛容」になる、というのが、一瞬で理解できました。(理解できた気になっただけかもしれませんが・・・)

実は私も短気なのですが、昔は短気ではありませんでした。
なので、怒る状態が好きではなく、いつも怒った後、落ち込んでしまいます。

この落ち込みが、「短気」よりも、よくないみたいで、何回かしていただいたことがあるリーディングで、いつも「自分を責めるのはやめなさい」と言われます。

自分を知るために心理療法を受けているのですが、その先生からも、「怒りは悪いことではなく、エネルギーが出てきたことだから、よい兆候ですよ」と言われました。

そういえば、子供のころは怒りを感じることもなかったけど、およそ気力というものがありませんでした。

ということで、怒りを手塚氏のように良い方向に使うエネルギーにすればいいんだな、と、やっと気づいた次第です。  


本当のスターオブベツレヘム?


先週、スターオブベツレヘムに会いに、小石川植物園に行ってきました。

スターオブベツレヘムにちょっと似たハナニラが終わる頃、スターオブベツレヘムことオオアマナが満開になります。(というか実際に対面するのは初めてですが・・・)

小石川植物園のあちこちに、スターオブベツレヘムは咲いていました。
ほんとに星を散りばめた様・・・。


広場に腰を下ろし、おにぎりを食べながらご対面。

まじまじと観察すると、何故オオアマナ(写真左)がスターオブベツレヘムなのかが納得できました。

王冠のようなおしべ、おしべと花びらの描き出す完璧な六角形=ダビデの星の形、清らかな白い花びらの色・・・。

ハナニラ(3月28日掲載)はおしべが目立たなく、オオアマナのかもし出す六角形のリズムが感じられないのです。
六角形は天に向かう三角と地に向かう三角がバランスされた形で完璧な調和を意味します。
なので、この場合の六角形はとても意味があるのです。
あとバック(バッチ)のフラワーエッセンスのなかで、六枚の花びらの花は、このスターオブベツレヘムのみで、とても意味がある花ということです。

花と対話すると、様々なことが体感できるな~、と改めて、感じ入ります。

カメラに収め、スケッチしてから、スターオブベツレヘムのエッセンスを摂り、瞑想もしました。
平穏、平安の定義のままに、マリア様の懐に抱かれる感じで、心安らぐ感覚を受け取りました。

スターオブベツレヘムの導きか、この日は、レッドチェスナット、ハニーサックル、バターカップにも会えました。
エッセンスの花ではないけれどハンカチの木も!

ということで、至福の一日でございました~。


スターオブベツレヘムとハナニラ


ここ二~三週間ぐらい、ハナニラが道路の端で咲いているのを見かけます。


葉っぱをちぎってこするとニラのような臭いがするからハナニラ。

初めてバック(バッチ)フラワーエッセンスのスターオブベツレヘムの写真を見たとき、
「あれ?ハナニラじゃない!スターオブベツレヘムなんて名前だからわからなかった!隣のマリちゃんが、マリアって呼ばれているし、ちょっとスマートに写っているから全然分からなかった!」
てな感じの気分になった。

ハナニラは明治に海外から入ってきた帰化植物。
スターオブベツレヘムは日本名だとオオアマナ。
オオアマナとハナニラは属は違うけど同じユリ科の花。つまり親戚です。

スターオブベツレヘムは訳すとベツレヘムの星。
イエスが生まれた夜、空に輝いた星、というわけです。

ということからか、心に平安をもたらせてくれる効能があり、ショックやトラウマに使えます。

ショックとかトラウマなんて、あんまり関係ないかな~、と以前は考えていましたが、人間みな、大なり小なりトラウマやショックを経験しているとのこと。
例えば誕生時、赤ちゃんはとても強いストレスを感じます。

私は生まれた時のことをウン十年間、忘れてましたが(大体の人がそうだとは思いますが)、一年前ぐらいに退行催眠のようなものを受けたら、胎児の時に生まれてきたくなかったこと、を思い出し、生まれたことも生まれている状態も私にとってストレスだっことを体で思い出しました。

で、いつかスターオブベツレヘムを飲もうとは思っていたけど、機会を逃していました。
ちょうど、この春、天に見守られる安心感を欲する状況があったこと、そしてハナニラのシーズンだったことが重なり、飲みました。(スターオブベツレヘム=オオアマナはもう少し後に咲きます)  


マスタード 菜の花畑と希望


先のブログにも書きましたが、アフガニスタンの菜の花畑が目に焼きついて離れません。

伊藤和也さんの悲劇と対照的に、「希望」を感じさせる、黄色の花々。

そうなのです。
バック(バッチ)フラワーレメディーでも、マスタード(菜の花)のエッセンスは、憂鬱や絶望時によいとされています。

日本でも、ほんの一昔は、春先に、菜の花畑が広がる、という風景をよく見ました。
春に真黄色の花を見ると、
「あ~、春だな~」と、うきうきします。
 
緯度が日本より高くて太陽の光の量が日本ほどはないイギリスは、もっとうきうき感があったのかな?と思います。
そして、私の推定が確信に近いものになったのが、テレビでイギリスの車窓から見える菜の花畑を見たときのこと。

菜の花畑の広さが、日本に比べ、圧倒的に広いのです!
日本のうきうき感が、「うきうき」だとすると、
イギリスのうきうき感が、
「うき~、うき~、うき~、うき~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
なのです!

ちなみに、イタリアで、ひまわり畑を見たときも、その広さとひまわりの多さに
「太陽がいっぱいだ!ドヒャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
でした。
でも多分、イタリアでは、そんなに広いほうの畑ではなかったと思われます。

ということで、テレビのイギリスの菜の花畑とイタリアのひまわり畑体験がドッキングして、私にとって、「マスタード」が何故、憂鬱な気分によいか?は、すごく腑に落ちるものとなったのでした。 


桜の樹の下 チェリープラム


満開の桜を見に行ってきました!



でも、夕方には、風に吹かれて花吹雪が舞っていました。
明日には散り始めるのですね。
ちょっと哀しく、でも、とても美しい風景・・・。

梶井基次郎の詩の一節、

「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!」

というのを思い出します。
桜が風に舞い散る姿は、かすかな狂気を感じさせ、美しさに拍車をかける、と言った感じです。

ということからでしょうか、桜にも似た、チェリープラム(ベニバスモモ)のエッセンス(バッチ)が、
「緊張しすぎている心の怯え、理由も失われてしまうほどの恐怖」などに対応する、ということです。

イギリスにおいて、チェリープラムがどのようなたたずまいなのか、見たことがないので分からないのですが、でも、やはり、どかこか共通するものがあるんだろうな~と考えた次第です。 


ヘザー あるいは ヒースの花


今日のワイドショーで、亡くなった女優さんに対する弔辞の場面が出てきて、生前友人だった女優さんが、
「夜中に電話をかけてきて、えんえんと文句を聞かされ、電話を切っても、かけてくるので、しまいには、あなたと話すのが嫌になったこともあった」
と言っていた。

そりょそうだろう!
だれでもそうなるよ!

亡くなった女優さんはヘザーのマイナスの状態だったのね。
ウィロウもはいっているかも?

私もケアマネだったとき、似た状態の人に悩まされました。
電話ノイローゼになることなんてしょっちゅう!
ほとんどのケアマネの人が、常に体験していることですわ~。

一番苦手な方は、ヘザーとウィロウとチコリーのとても凄いマイナス状態のかけあわせでした(バッチのエッセンスを知っている人はとても同情してくれるだろう!)。
受話器の声がオフィスに響く声量で、一~二時間、平気で電話をかけてくる。
で、
「病気なんだから、そちらがやってくれるのが当然!」
と、ケアマネがするようなこととは全然違う、おかどちがいなことも要求してきたりする。
本当に病気なのかな~?
こちらのほうが病気になってしまいます~。

ヘザーのマイナス状態は、自分のことばかり話して、他人の状態などお構いなしと言う感じです。

でも、まあ、私もそんなところあるしな~。
昔は凄かったしな~。

恋していると、結構この状態、皆なるのでは?とも思う。

ヘザーはツツジ科のピンクの花で、やせた土地に生える低木です。
「嵐が丘」の荒野に咲くヒースって、この花のことですね。

やせた土地にも生えるので、どんどん山を侵食してヘザー一色で覆い尽くしてしまう、というところが、他人の事情お構いなしに話す、というとことダブっております。

花は、ツツジ科の植物と言っても、サツキのような大きめな花ではなく、ドウダンツツジのような小さめの花。
そしてピンク。

ということで、プラスに転じると、寂しかった状態の経験から、他人の同様な状態に気づき、優しく手を差し伸べる等の状態になるとのこと。

亡くなった女優さんも、ちょっぴりわがまま、甘えるのが上手そうで、そこが男心をくすぐる感じであり、ピンクの可憐な花といったイメージ。

極端でなければ、わがままも可愛いものだし、悪い性格、というものはない、ということですね。
話好きの人によって、場がしらけそうになるのが救われるっていうことも、よくあるし。
とにかく、ものごと、ほどほどに、です。

 


ホーリー(西洋ひいらぎ)


今日、五十肩の痛みの為、病院に行った時、駐輪場にひっそり咲く、ひいらぎ(ホーリー)の実を見つけました。
(ホーリーは西洋ヒイラギ。これは厳密に言うと、何かわかりませんが・・・)

ケーキの上でしか(しかもプラスチックとかで)お目にかからないので、なんか嬉しくなってしまいました。
しかも、まさにクリスマスシーズン!
頭の中で、ジングルベルの歌が鳴り響く。

そういえば最近は受験勉強のため、植物との対話も少なくなっていたな~。
やっぱり植物は心をなごませてくれますわい。

でも、それにも増して、ちょっと前の心情にピッタリだったことで、余計嬉しい!

ホーリーはネガティブな状態は「怒り」や「恨み」、ポジティブな状態は「愛」
ネガティブな状態は葉っぱのトゲトゲが象徴していますね。
(ちょっと前の心情は、残念なことに、ネガティブな意味ですわ~)

ちなみに今回は、ホーリーと同様な意味を持つエッセンスをブッシュのエッセンスで取りましたが(ダガーハキア)やはり葉っぱがトゲトゲしています。

去年の秋、やはり「怒りと「恨み」の感情の嵐がドワーっと湧き上がって、バス停まで頭から湯気(というより活火山状態)を立てて歩いて、バス停で立ち止まった時、顔のまん前に白いヒイラギ(モクセイ科、実はホーリー=西洋ヒイラギ・モチノキ科とは違う)の花が咲いていたので、
「ああ~、まさに今の状態!」
と思ったけど、
今日は赤い実なので、なんとなく、嬉しい。

怒りが実になって、違う形になればいいな~。

ちょうど、今日は冬至で、昼の長さが徐々に長くなっていく転換点の日。
心の闇も光で照らされるようになるのか?
そんなことも、ちょっと、希望を持たせてくれますわい。

ホーリーの色は赤、緑、白で形成されていて、第一、第四、第七チャクラの色と対応しているところが興味深いな、と思いました。

怒り(第一チャクラ)をハート(第四)で叡智(第七)に変える、ってことなのかな~?

ま、とにかく、
メリークリスマス!
でございます~。

ハナミズキとダグウッド


ハナミズキが天に向かい大きく手を広げるように咲いています。(写真はまだ開ききってない状態です)
丈夫な木、ということで、街路樹として植えられているのをよく見ます。
1912年、アメリカのワシントンにサクラの木を日本が贈ったお礼として、アメリカからハナミズキが贈られたそうです。
英語でダグウッドといいます。
ドッグウッド、犬の木、木の皮を犬の皮膚病に使ったから、という通説があります。


FESのエッセンスにも、ダグウッドがあります。
調和時の性格としては「肉体を優雅に動かせる」ですが、不調和の場合、「肉体をぎこちなく、また苦痛なものとして感じる」というものです。

調和時の説明は分かったのですが、不調和時の説明が腑に落ちませんでした。
なんで、ハナミズキが「肉体をぎこちなく感じる」のか?

でも、ハナミズキの花(実は花びらに見えるのは花ではなく、苞とよばれるところで、花は真ん中の緑の小さな粒のようなところですが)が開く前、くるりん、と丸まっているのを見て(初めてこれを見たときは、なんて、不思議な花だろうと思いました!)この状態が、ぎこちなさを表しているんだ!と腑に落ちました。

丸まった状態=「ぎこちなさ」 → 花が大きく開かれた状態=「優雅に動かす」 へ

すご~く、納得!!!

でも、本にも書いてないし、FESの講座で、そういっていたのかどうか覚えてないし、違うかもしれないのですが・・・。

5月に出席する予定のFESの講座で、質問しようと思いました。


シャスタデージー


貸し農園(借りて花を植えてます)へ自転車で向かっていたら、原っぱにシャスタデージーが咲いているのを見つけました。
これは高さ50センチぐらいですが、アメリカのカリフォルニアで見たときは、もう少し背が高い印象。
シャスタデージーはフランス菊と日本のハマ菊の交配種。だからこれはフランス菊かもしれません。
でも、すっくと立ち、風にたおやかに身をまかせ揺らめくものの、すぐ姿勢を正す清廉な印象は、変わりませんでした。

シャスタデージーは、私の敬愛するアメリカの育種家、故バーバンク(アイルランド飢饉の為ジャガイモの改良をしたり、山羊が食べるため棘無しサボテンを作った)が手がけた花です。
そしてまた、FESのフラワーエッセンスでもあります。

調和時の性格としてマンダラ的・全体視野的な意識、調和が乱れた時のパターンが現実を知的に捉えすぎる、というものです。(花を上から見ていると、なんとな~く調和時の性格が分かりますね)

まさしく、今求めているものです。
ということで、摂ることに決めました。

それにしても、写真をとる為迷わず鉄線の柵をくぐり原っぱに入ったものの、写真を撮り終わったら、呆然・・・。体が引っかかって、出るのに一苦労でございましたわ~(身長173センチなので、太ってないけど体がでかいもので・・・。

 

 

 

 

 

 

 


アイリスと創造性


畑にアヤメが咲いていたので、同じアヤメ科のFESのアイリスのエッセンスを摂ってみたせいか、創作意欲?モリモリ。ブログを書いてばかりいます。

アイリスはギリシャ語でイリス、虹の意味があります。
ひとつの花の中に、たくさんの色があるから・・・。(綾目模様をよく見ると。ちなみにアヤメはこの花の綾目から名前がきている)
ギリシャ神話でイリスは天と地をつなぐ女神。
ということで、創造性に関係するわけですね。

ちなみに創造性といっても、芸術活動をすることだけでなく、家事をするのも創造的にするとか、そういった創造性も含みます。

ただ、最近の私の創造意欲は、アロマ検定の試験を目前にして、試験勉強から逃げたい為の創造性(高校の受験日前日、その頃はやった、「ノストラダムスの大預言」を読んでいた、という類)なのか、見極めが必要かもしれませんが・・・。

 


ラークスパー


久しぶりに貸し農園に行きました。
ラークスパー(ヒエンソウ)の花が咲いていて、嬉しくなりました。
去年、種をまいたラークスパーの花のこぼれ種で咲いたものです。去年は70センチぐらいの背丈だったのに、今年は2メートル近くのものまであります。
しかも、その種はカリフォルニアのテラフローラ近くで買った、オーガニックの種なので、特に嬉しかったのです。


ラークスパーは
FESのフラワーエッセンスでは、調和時の特徴として、周りを引き込むような情熱、喜びにあふれて奉仕を行える、などがあります。

ラークスパーの花ひとつひとつ見ると、人が手を広げて、がけから飛び降りるような姿をしています。
それを見ると、調和時の性格が、腑に落ち、理解できました。

ところで、エッセンスの定義は、本に書かれているのは、多数ある定義、花の意味するところ、の最大公約数のようなものかと思います。
FESのエッセンスは、作っているリチャード・キャッツさんが、数学を専攻していたこともあり、長い年月をかけて、大勢の人たちのリサーチをもとに、定義を導いています。
大勢の人たちが摂ってみて感じたことのなかから共通の認識を定義として採用しているので、多くの中の人のなかには、定義とちょっと違う角度のコメントもあったかと思います。
なので、エッセンスを摂った時、定義には載っていない感想を持つかもしれませんが、それもありなのです。
タロット占いの本を読むと、著者により、カードの解釈が微妙に違うことがありますが、それは、その著者が実際カードを使って体験したカードの意味なので、そういうことがあるのでしょう。(タロットのこと詳しくないのですが)
それと同じで、レパートリーは、指針にはなるけど、定義の全部が載っている訳ではありません。
ということで、自分なりの解釈があっていいのだと思います。

と、長々書きましたが、何故かといえば・・・。

畑でラークスパーを見た瞬間、人生の岐路に立っている自分に対して
「勇気をもって、情熱をもって、新しい状況に飛び込みなさい」
そんな声を、ラークスパーからもらった気になりました・・・

なのですが、
(でも、ちょっと定義と違うしな~)
と、気が引ける自分への、言い訳を書いていたわけでした。

(セラトーを飲んで、自分の直感を信じられるようになろうと思いました・・・) 


セルフヒール


風邪を引いて、なかなか治らないのと、必要があって、久しぶりにレイキの自己ヒーリングをする。
手を3~4分かけ12ポジションに置いて、計30分ぐらいかける。

レイキの伝授を受けて以来、三年ぶり・・・。
三日坊主といいましょうか、三という数字が好きなのでしょうか・・・。

ということで、心もとなく、フラワーエッセンスの助けを借りることに。
FESのセルフヒール。
名前の如く「自己を癒す」
日本名、ウツボグサ。
夏の野原で、立ち枯れてもなお、その姿を残しているのを見ることがある。
立ち枯れている植物は、カリウムが多い為に形成力が強いので、そのようなことがおこるとのこと。
なので、エーテル体の生命力に関わる、というわけです。

手につけて、自己ヒーリングをする。
でも、その前に飲んでみると・・・。

何回も飲んでいるのに、ちゃんと落ち着いてエネルギーを感じながら飲むのは初めてだな~、と摂ってみる。
飲むと同時に、頭頂から始まり体全体に保護膜が張られていくような、何かに守られている、という感じがした。

そして、セルフヒールと一緒に、レイキのセルフヒーリング。
テレビを見ながらでもいいと、教科書に書いてあるけども、静かにゆったりと、体を感じつつ行う。

体に当てた手が暖かく気持ちいい。
でも、それよりも、(こういったヒーリングは)他人にしてもらうことばかり期待していたけど、自分でするのもいいものだな、と思う。
さらに、自分に対してこんなにあたたかく接することって、めったにしていなかったんだ、と気がつく。

自分を甘やかすことはしょっちゅうで、自分に対して優しく接しているつもりだったけど、甘やかすのと、積極的に癒すことは違うんだな、とも。
1日に30分、テレビを見るための時間をつくっても、自分の体の為の時間をつくるのをおろそかにしている自分。

エドワード・バック(バッチ)博士の「汝自身を癒せ」と言う言葉が、身にしみたひと時でした。 (博士の癒せという言葉は、もっと深いところの癒しだとは思いますが)

 


ブルーベリーとブラックベリー


先週、ブルーベリー狩りに行ってきました。

平日なので、広いブルーベリー農園が貸切状態。
くもりだったので、快適に摘めました。
(いつもは汗ダクダク)

さて、ブルーベリーのエッセンスはないけど、ブラックベリーのエッセンスはFESにあります。

でも、名前は似ているけど、ブルーベリーはツツジ科でブラックベリーはバラ科。

だから、ブルーベリーは同じツツジ科のヘザー(バッチ)とか、マンザニータ(FES)と仲間になります。

ブラックベリーは同じバラ科のクラブアップル(バッチ)やチェリープラム(バッチ)と同じ五枚の花びらの花です。

(と、無理やり話題をブラックベリーに移す)

ブラックベリーのポジティブな性格として、意思に明確な方向性をあたえることができる、というようなものがあります。
つまり、頭だけで考えているのではなく、実際に行動に移すことができるようになる訳です。

バラ科の植物は根がしっかりしているものが多いので、グラウンディングにも作用します。
というわけで、実現能力に関係してくるわけですね。
(じゃ、チェリープラムは実現能力かよ~?と、自分でツッコミ。
花びらの色がチェリープラムは白、ブラックベリーは濃いピンク、ということで、花が咲いている木を想像すると、チェリープラムは幻想的な感じ、ブラックベリーはしっかり実体感があるように思います。その辺[色]が、関係してきているんですね。それに、チェリープラムも「何をしでかすかわからないのをしっかり自分に引き戻す」ということで、作用としては同じですね)

私は今、夏ばてで、ぼ~っとして、やろうと思っていることが実行できてません。
ということで、短期的な意味でも、よくお世話になるエッセンスです。 


忘れな草 もしくは フォアゲットミーノット


ここニ週間ぐらい、右腕と肩が五十肩のため痛みに悩まされています。
ここ三、四日は夜寝ていても、痛くて起きてしまうほど。

そもそも痛み始めたのは、四ヶ月ぐらい前。

夢で父親が出てきて、大リーグのマウンドに連れて行かれ、オーバーハンドスロー(上手投げ)でボールを投げるように特訓された。
なんで、私が大リーグ?!と思ったし、私、バレーボールもテニスのサーブもアンダーハンドでなければ投げられない(かっこわるいけど)。
なんで?なんで?と思いつつ起きたら、右腕が痛くなっていました。
その日以来、なんとな~く右腕に違和感を感じていました。

その時は変な夢だな~、と思っただけだったけど、あるとき、父からの
「今までの環境と違うところに行くように。今までと違うやり方で、おこなうように」
とのメッセージだったのか、と気がつきました。

でも、なかなか、そんなふうには、できずにグズグズしています。
グズグズ思い悩んでいると、いつもは体と対話をしていても答えが返ってくるのに、ここ最近は、それさえも返ってきません(フォーカシングのことです)。

父が亡くなってから、近くに父の存在を感じていたのが、最近はそれも感じられませんでした。

アドバイスだけして、そのままかよ~!
もう少し見守ってくれよ~!

せっかちな父だったから、もしかして、もう生まれ変わってこちらに来ているから、あの世にいないのかもしれないもんな~。
(以前、亡くなった父のことをリーディングしてもらった時、あちらの世の中でも、せわしなく、忙しく勉強している、と言われたけれど、本当そのまんまで、笑ってしまいました。もちろん、リーディングしてくれた人は、私の父のことなんて知らない人です)


先日、霊感のある友達に会った時、肩の痛みについて
「なんか、父からのメッセージは感じない?」
と聞いたけど
「ただの五十肩だよ」
と言われました。
「そうか~」
と、がっかり。

「でも、今年の6月のおとうさんの命日の日の前に、おとうさんの荷物を整理していたら、忘れな草の写真のテレフォンカードが出てきた、って、言っていたじゃない」
と友達。

そういえば、そうだった。すっかり忘れていた。
6月の父の命日の前、「明日は父の命日だな~」と考えつつ、なんだか整頓したくなって父親の荷物を整理していたら、テレフォンカードを見つけました。
テレフォンカードには
「forget me not」(フォアゲットミーノット=私をわすれないで)
とご丁寧にも書いてありました。
そのときは、しみじみ、父親が近くにいることを感じましたわ~。

と言うことで、FESのフォアゲットミーノットを摂ってみました。
でも、よくわからない~。

と思っていたけど、二日後ぐらいに思い出しました。
この春、貸し農園に、忘れな草の矮小化?した雑草がやけに多くて、沢山ひっこ抜いていたことを。
忘れな草を植えたのは二~三年前なのになんで今頃咲くのかな~?って考えながら。

いろいろな形で父親はメッセージを送ってきたんだな~。

「見捨てられている」とか考えいじけていると、つながりが見えにくくなるけれど、父は、いつも見守ってくれているんだな~、としみじみ感じた次第です。


フォアゲットミーノット(忘れな草) と サンフラワー(ひまわり) そして 体の痛み


今、FESのサンフラワー(ひまわり)のエッセンスを摂っています。

これは、FESのフォアゲットミーノット(忘れな草)のエッセンスを摂り、父とのながりを感じてから、二日後に、
「サンフラワーのエッセンスを摂りなさい」
と父からの言葉を受けとった為です。(声が聞こえたと言うより、そんな感じがした、という感じですが)

で、サンフラワーを摂ったら、すぐにからだがポカポカしてきて、ヒットした感覚がありました。
丸く輝く金色の光が見え、体がすっくと伸びると言うか、中心軸ができるというか、そんな感じもします。
よく考えると、それはひまわりの姿そのものだと気づきました。

サンフラワーの肯定的な状態は、太陽のように輝くパーソナリティーというものがありますが、否定的な状態としては、自己卑下や自信の欠如、自己の男性面または父性面へのつながりの弱さ、ということで、肯定的な状態は、なりたい状態だし、否定的な状況は、まさしく今悩んでいることでした。

父親との間の問題は、母親との問題同様、誰しももっている問題なのでで(問題ないと思っていたり、気がつかなかったとしても)、母性との関係性のエッセンスのマリポサリリー等と同じく、とても汎用性のあるエッセンス、だと知っていたけど、今まで、ちゃんと飲んだことがなかったことを思い出しました。

父は、私の父との関係性や私自身の男性性、積極性の問題を癒しなさい、と言ってきたわけです。
(五十肩も右肩だしな~。右=男性性や父性、積極性等を象徴)

飲み始めて二日目の明け方、まどろんでいた時、はずみで五十肩になっている右肩に力が入ってしまい、激痛が走りました。
その瞬間、父が、
「肩に力を入れずに歩むように。動ける範囲で徐々に動かしていきなさい。でも、常に動くように」
と言っているのがわかりました。
これは、五十肩についてのアドバイスとしても、生き方のアドバイスとしても通じる言葉。

ちょうど、今までと違う自分の生き方を模索している現在の悩みにピッタリのアドバイスです。

そ~か~、五十肩になった意味はこれだったのね~、と納得しました。
他人の体の痛みを推し量れるように、時々、病も必要なんだな、と思っていたけれど、さらに納得。

さて、その日は、ちょうどバイオシンセシスのセッションの日だったので、贄川先生のところで五十肩にボディーワークをしていただきました。

先生に、このエピソードを話しながら、(ボディーワークを受ける為)横になって目をつぶっていたら、父親とハイタッチをするビジョンが見えました。

ハイタッチで顔の上と腰の下で二度手を合わせたけど、
顔の上のハイタッチは形としてオーバーハンドで、ハイヤーセルフどうしの交流(これからのやりかた)
腰の下のハイタッチ?はアンダースローで、ローワーセルフどうしの交流(今までのやり方)
なんだと、これまた、その瞬間、感じました。
(これは、後で、夢で見た父親の特訓と重なることに気がつきました)

生きている間は、お互いのローワーセルフの角突合せて、喧嘩が耐えなかったからな~。

今は、お互いのハイヤーセルフ同士の付き合いになったんだな~、とつくづく感じ、またまた父が近くに感じられました。